春、

わたしはまだ諦めてないのだ、と思う。

3/13は本当にうれしくて、久しぶりに何のしがらみもなくいなばくんと、のぶきとけんちゃんを見た。はじめて2020年のいなばくんの動いているところを見た。いなばくんは笑っていて、去年と変わらず笑っていて、すきだと思った。変な人だと思った。わたしが悩んだところで、と笑えた。久しぶりにいなばくんのことで人とうれしさを分かち合える喜びに震えた。とにかく、いなばくんがいてくれて本当に良かったと思った。
今日、3/16、あたらしくできたwebのページに、いなばくんはいなかった。ふたりは、あのころと同じように文字を打って、こちらに発信してくれていた。いいなあ。ページのタイトルにはふたりが一緒に出る舞台の名前がふたつ入っていて、片方にはいなばくんも出るもので。ふたりが一緒に動画を撮ったりしているのを羨ましく思った2月、それが払拭された13日、そんで今日、また羨ましくて苦しくてどうしようもなくなってしまった。

わたしは諦められていなかった。この空白の3ヶ月で、何にも期待しない人間になれるように生きてきたつもりだったのだけど、この数日でわかってしまった。わたしは、いなばくんがなんでもなかったように現れてくれることを、なにひとつ諦められていない。笑ってくれているだけでいいなんて嘘だ。歌ったり踊ったり、喋ったり、文を綴ってくれたり、そんな今まで当たり前だったようなことを、ひとつも当たり前じゃなくなってしまったいま、諦められないでいる。だから少しでもいなばくんが笑ってくれればうれしくなるし、些細なことで悲しくなったりつらくなったりする。
諦めた方がいいのかもしれない、と思うこともある。でも今のわたしには、おかえりを言う準備しかもう、きっとできない。

春、はやくいなばくんに会いたい。